最初のペンギン
 
茂木健一郎


 人間は宇宙の中のすべてを見通すことはできない。無限ではない。「有限の立場」に投げ込まれている。人間の「有限の立場」は創造と結びついている。コンピュータも「有限の立場」であるが、乗り越え方が違うので創造とは結びつかない。
 なぜかといえば、「神の視点」を考えればわかる。「神の視点」は宇宙のすべてのものをふ見通すことができる。そこには創造ということはありえない。なぜなら、すべてのものがあらかじめ見えていれば「新しい」も「古い」もないからだ。逆に言えば、新しいものが生まれる可能性があるということは、未来がそれだけ不透明で不確実なものであるということである。
 人間が置かれた状況は、全ての生物が投げ込まれている条件でもある。例えば、どこへ行けば食べ物があるか確実にはわからない生存競争の状況がいつ訪れるかわからない。つまり、多くの不確実性が潜んでいる。
 例えば、ペンギンは水辺をうろうろしているがなかなか飛び込まない。ほほえましい光景にも思われるが、背後には生存をめぐる厳しい条件が隠されている。ペンギンは海に飛び込んで魚を捕らなければ飢え死にする。しかし、海の中には恐ろしい敵が潜んでいて食われてしまうことも恐ろしい。できれば、他のペンギンが海に飛び込んで安全を確認できてから自分も飛び込みたい。しかし、いつかは危険を冒してでも飛び込まなければ餌をとれずに飢え死にしてしまう。餌がとれるか食われてしまうか、避けることのできない不確実性のもとに決断を下し飛び込む。「最初のペンギン」がいるからこそ、事態が切り開かれる。英語圏では、「最初のペンギン」を勇気を持ってチャレンジする人のことを指す。不確実な状況下で勇気を持って決断する人が賞賛される文化である。
 創造的な人間は最初のペンギンと、生物の進化の歴史においてつながっている。不確実性に直面してそれを乗り越えるための脳の感情のシステムの働きをとおしてつながっている。不確実な状況下で決断を下す時、決まったルールや方程式ではなく感情のニュアンスに支えられた直観に従っている。私たちが人生で直面するほとんどの問題は、確実な答えがわからない不確実なものである。失敗してもしかたがない。不確実性を避けたり、確実な正解があると信じ込む方が危険である。上手く生き延びるためには、不確実さに立ち向かい乗り越えるための感情の技術を磨くことである。
 創造することが確実な前提条件から、すでに確立したルールに従って論理的な演繹を重ねていくことであるとしたら、新しいものは生み出されるはずがない。コンピュータが基本的に新しいものを生み出さない理由でもある。創造的な人は未知のものへの好奇心に満ちている。創造することは「それがなかった状態」から「それが出現した状態」へのジャンプを経験することである。創造することはどこに着地するかもわからず未知の世界にジャンプすることに似ている。めくるめくような「未来感覚」こそが創造性を支える。


導入

1【指】ペンギンの写真を見せる。
2【L4】ペンギンに対する質問を作る。
  1)ペンギンは、哺乳類か、魚類か、鳥類か。
   ・鳥類。
  2)ペンギンはどこに生息しているか。
   ・南極。
3【L4】「最初のペンギン」とはどういう意味か。最初にどうなのか。
  ・最初に海に飛び込む。
4【指】「最初のペンギン」について、どのような論理を展開しているのかを考えていく。
5【指】小段落番号を打つ。
  ・1〜19
6【指】音読させる。
7【L3】大段落を考えさせる。
  ・第一 1〜2
  ・第二 3〜9
  ・第三 10〜15
   第四 16〜19


第一段落(1〜2)

1)【L3】「神ならぬ人間は〜」という文から何が分かるか。
  ・人間と神を比較している。
  ・人間は、宇宙の全てを見通すことができない。
  ・神は、宇宙の全てを見通すことができる。
2)【L1】「宇宙の全てを見通すことができない」ことを一言で言い換えると。
  ・有限の立場
  ・限られた範囲しか見通せない。
3)【L1】それに対して神の立場を一言で言うと。
  ・神の視点
4)【L1】「有限の立場に投げ込まれている」とはどんな状態か。
  ・どのような選択をして、どのような道を選べば生きる上で最も有益なのか、それが   わからないまま判断し、決断し、選択していること。
  ・答えのない問いの中に生きている。
5)【L1】「有限の立場」は何に結びついているのか。
  ・創造
6)【L3】なぜ「有限の立場」は「創造」と結びついているのか。
  ・答えのない問いに新しい答えを見い出していくから。
7)【L1】人間とコンピュータでは何が違うのか。
  ・答えのない問いの乗り越え方。
  ・どのように違うのかは第四段落で再考する。
8)【L1】なぜ「神の視点」から見れば創造はありえないのか。
  ・全てがあらかじめ見えていれば、「新しい」も「古い」もなく、思いがけない新し   いものが生まれることはない。
9)【L1】これらのことから分かることは。
  ・未来が不透明で不確実なものである。
 
第一段落(1〜2)
 人間=有限の立場=全てを見通すことはできない。
     ↓    答えのない問いを考える。
    創造と深く結びつく
 神 =神の視点=全てを見通すことができる。
     ↓
    創造はありえない。
   ↓
 未来は不透明で不確実なものである


第二段落(3〜9)

飼い慣らす  野生動物  氷雪  潜む  危険を冒す  
 【説】人間は生物と同じ状況に置かれている。
1)【L1】「全ての生物が投げ込まれている条件」とは何か。
  ・どこに行けば食べ物があるのか確実にはわからない状況での生存競争。
➁【L4】コンビニへ行っても食べ物がない状態を想像すればどうなるか。
  ・砂漠やジャングルや山奥で迷子になる。
3)【L1】そこには何が潜んでいるか。
  ・不確実性。
4)【L1】ペンギンの「ほほえましい光景」とはどんな光景か。
  ・水の中に飛び込むそぶりを見せながら、なかなか飛び込まない。お互いに譲り合う。
5)【L2】その背後にある「生存ぐる厳しい条件」とは何か。
  ・海に飛び込んで餌を捕らなければ飢え死にしてしまう。
  ・海の中にはペンギンを食べる恐ろしい敵が潜んでいる。
  ・他のペンギンが飛び込んで安全を確認できてたら飛び込みたい。
6)【L2】このような状況を解決するには、どうすればいいか。
  ・餌がとれるか食われるか、避けることができない不確実性の下で、決断し飛び込む   「最初のペンギン」がいること。
7)【L1】「最初のペンギン」の英語圏での意味は。
  ・勇気を持ってチャレンジする人。
8)【L1】そこにはどんな文化があるか。
  ・不確実な状況下で勇気を持って決断する人を賞賛する文化。
 
第二段落(3〜9)
 ・生物=人間
  ・どこに行けば食べ物があるのか確実にはわからない=不確実性。
 (例)ペンギン
  ・ほほえましい光景
   ・飛び込むそぶりを見せながら、飛び込まない。
  ・生存ぐる厳しい条件
   ・海に飛び込んで餌を捕らなければ飢え死にしてしまう。─┬─不確実性
   ・海に飛び込めば恐ろしい敵が潜んでいる。──────┘
   ・他のペンギンが飛び込んで安全を確認できてたら飛び込みたい。
   ↓
  ・最初のペンギン
   ・不確実な状況下で勇気を持って決断する人


第三段落(10〜15)

 捉えどころ  事業を興す  不条理  闊歩
 不条理=筋道が通らないこと。道理に合わないこと。
 闊歩=自由気ままに大手を振って歩くこと。
1)【L1】「創造的な人間」と「最初のペンギン」の共通点は何か。
  ・不確実な状況下で決断を下すこと
  ・生物の進化の歴史
  ・脳の感情のシステム
➁【L1】人間は不確実な状況下で判断を下す時、何に従っているか。
  ×決まったルールや方程式=論理
  ○直観を支える感情のニュアンス
 【説】直観・感情とは何か。
  ・直観=論理的な判断を飛び越える形で対象を認識し判断する行為。
  ・感情=喜怒哀楽などの情動反応。理性や論理の対極。
 【L4】ユングの心理テストをする。
 【説】私たちが人生で直面するほとんどの問題は、不確実なものである。
  ・どの学校に進学するか? 専門は何にするか? どの会社に就職するか? 自分で事業を興すか? この人とつきあって大丈夫か? 結婚してもいいのか? 不条理な上司のことを周囲に訴えかけるべきか? しばらく黙って我慢して様子を見るか?
3)【L2】不確実なものに対してどのように対応すればいいのか。
  ・失敗をするのはしかたがない。
  ・避けたり確実な正解があると思い込むことは危険である。
  ・感情の技術を磨く。
4)【L3】なぜ、確実な正解があると思い込むことは危険であるのか。
  ・あるはずのないものを求め続けて行動に踏み切れないから。
  ・論理的に考えて創造的でなくなるから。
5)【L4】どうすれば感情の技術を磨くことができるのか。
  ・経験や知識を蓄積すること。

第三段落(10〜15)
・人間=ペンギン
  ・不確実な状況下で決断を下すこと
   ×決まったルールや方程式=論理
   ○直観とそれを支える感情のニュアンス
 ・人生で直面する問題=不確実
   ↓
 ・失敗をするのはしかたがない。
 ・避けたり確実な正解があると思い込むことは危険である。
  ・あるはずのないものを求め続けて行動に踏み切れないから。
 ・感情の技術を磨く。
  ・経験や知識を蓄積すること。


第四段落(16〜19)

 演繹  醍醐味
 演繹=一つの事柄から他の事柄へ押しひろめて述べること。
 醍醐味=ほんとうの面白さ。
 目の当たり=目の前。眼前。
 めくるめく= 目がくらむ。めまいがする。
1)【L1】「演繹」とはどうすることか。
  ・確実な前提条件から既に確立したルールに従って論理的に積み重ねていくこと。
➁【L2】なぜ、コンピュータは基本的に新しいものを生み出せないのか。
  ・演繹的な方法をとるから。
3)【L1】創造的な人の条件は。
  ・未知のものへの好奇心に満ちていること。
 【説】ライト兄弟が最初に飛行に成功した時の冬至の人たちの反応の変化は。
  ・信じなかった。
  ・噂が立つ
  ・新聞で報じられる
  ・信じられる。
4)【L1】創造するとはどういうことか。
  ○「それがなかった状態」から「それが出現した状態」へのジャンプを経験すること。
  ○どこに着地するかも分からずに未知の世界にジャンプすること。
5)【L1】創造性を支えるものは何か。
  ・めくるめくような「未来感覚」

第四段落(16〜19)
・創造≠演繹
  ・確実な前提条件から既に確立したルールに従って論理的に積み重ねていくこと。
   ‖
  ・コンピュータ
・創造的な人
 ・未知のものへの好奇心
   ↓めくるめくような「未来感覚」
 ・「それがなかった状態」から「それが出現した状態」へのジャンプを経験する
 ・どこに着地するかも分からずに未知の世界にジャンプする